高級なトマトケチャップ、昔の使い方

高級なトマトケチャップ、昔の使い方

大正の初め頃になると、トマトが大豊作に見舞われ、低価格で手に入るようになりました。ただ、1908年(明治四十一年)からトマトケチャップの販売を開始しているカゴメの記録によると、販売当初のトマトケチャップは全く売れず、大正時代にアメリカから技術者を招くなどしてトマトケチャップ製造の試行錯誤を行い、そこから少しずつ売れるようになりました。

 

本格的に売れ始めたのは、昭和に入ったころだそうです。トマトケチャップ自体、価格もお手ごろになり家庭でも使われるようになりましたし、家庭向けの料理本にも調味料としてトマトケチャップが登場するようになりました。しかし、それでも戦前の日本にとってはトマトやトマトケチャップは高級品でした。トマトがたくさん栽培され血大衆向けになったのは、第二次世界大戦後にアメリカの進駐軍が日本で西洋野菜の栽培を推進してからのことです。トマトケチャップも進駐軍が軍用食・配給品として大量に日本に持ってきたそうです。麺に関してもデュラム小麦100%のパスタが当たり前のように手に入るようになったのは、バブル期以降のことです。

 

戦前はというと、うどんの紛い物が主流で、昭和の中ごろまでは日本のスーパーで売られているスパゲッティはデュラム小麦と強力粉が多かったのです。これらのことからもトマトケチャップを使ったパスタ料理は、明治〜大正時代頃までの洋食店で今のB級グルメ感覚で味わうことは不可能だったのです。結局、昭和に入る頃まではスパゲッティのトマトソース和えを作る際に、トマトソースの代わりにトマトケチャップで代用していたということは、考えにくいかと思います。

 

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