ピカタを広めたワイル氏

ピカタを広めたワイル氏

当時ヨーロッパ料理界を席巻していたエスコフィエの影響を大きく受けていた、ニューグランドの初代料理長・ワイル氏は、先の"Le Guide Culinaire"に書かれている料理をニューグランドで提供していました。ワイル氏の一番弟子と言われる、元『日活国際ホテル』総料理長の馬場久氏は、ワイル氏がニューグランドで、仔牛のピカタの下にスパゲッティ・ナポリタンを敷いた「仔牛のピカタ・ナポリ風」という料理を出していた、と述べています ※5 。     この時、ワイル氏が出した「仔牛のピカタ・ナポリ風」は、先のエスコフィエの「仔牛のカツレツ・ナポリ風」のアレンジしたことはすぐに分かることです。

 

「ピカタ」は元々イタリア料理でしたが、ワイル氏はフランス料理、オーストリア料理、イタリア料理とヨーロッパ全土の料理を得意としていました。当時の日本にとって「ピカタ」は初めて見るものであり、ワイル氏のスペシャリティとなりました。蛇足かもしれませんが、先述の小野正吉氏の『ホテル・オークラ』時代のスペシャリテの一つにも、「仔牛のピカタ」という料理があり、この料理も、ピカタの下にスパゲッティのトマト和えを敷いていました。小野氏もまたワイル氏の下で修業をしていたので、自分の得意料理としたのでしょう。